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名古屋地方裁判所 平成10年(わ)2123号 判決 1999年3月31日

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から五年間刑の執行を猶予する。

被告人から二億五六〇〇万円を追徴する。

理由

(認定事実)

被告人は、昭和六二年八月一六日から平成一〇年八月二五日までの間、国立名古屋大学医学部教授であり、同学部薬理学講座(以下「薬理学講座」という。)の専任教授等として、同学部の教授会において研究生の入学及び在学期間の延長に関する議題の提案及び表決をし、薬理学講座の教官に補助をさせ、薬理学講座の施設、実験機材、研究費等を使用して、薬理学講座の研究生らを教授し、その研究を指導するなどの職務に従事していた。

第一  被告人は、医薬品等の製造、医薬品配置販売業、薬局等の経営などを目的とする株式会社富士薬品(以下「富士薬品」という。)の取締役医薬品研究開発部長、取締役医薬品研究開発本部長などとして富士薬品の医薬品研究開発業務を統括していた分離前の相被告人Aから、薬理学講座において富士薬品の新薬開発に関する共同研究を実施することを決したうえ、富士薬品の社員を薬理学講座に研究生として受け入れ、薬理学講座の教官に補助をさせ、薬理学講座の施設、実験機材、研究費等を使用し、かつ、右研究生らを指導するなどして、薬理学講座において抗潰瘍薬、抗血小板剤、脳循環改善剤、抗癌剤などの新薬開発に関する化合物の絞り込み(いわゆるスクリーニング)やその他の実験等の研究を行ったうえ、その研究結果について情報を提供してくれたことなど、富士薬品のために有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、別表一記載のとおり、平成六年二月七日から平成一〇年四月一日までの間、前後一三回にわたり、富士薬品における所要の社内手続を経て、株式会社甲野薬理研究所、乙山有限会社及び有限会社丙川原料研究所に対するコンサルタント料を仮装するなどして、いずれも自己の管理する三重県北牟婁郡紀伊長島町長島九三七番地の六所在の株式会社第三銀行長島支店の右甲野薬理研究所名義の普通預金口座のほか三口座に合計一億二四〇〇万円の振込金を受け、もって、公務員たる自己の前記職務に関しそれぞれ賄賂を収受した。

第二  被告人は、医薬品等の製造、売買などを目的とする日本新薬株式会社(以下「日本新薬」という。)の取締役創薬研究本部長、取締役研開企画本部長、取締役開発本部長などとして日本新薬の医薬品研究開発業務を統括していた分離前の相被告人B及び日本新薬の研開企画本部創薬企画部長兼特許部長、研開企画本部副本部長兼創薬企画部長兼特許部長、取締役研開企画本部長兼創薬企画部長兼特許部長などとして同じく日本新薬の医薬品研究開発業務を担当し又は統括していた分離前の相被告人Cから、薬理学講座において日本新薬の新薬開発に関する共同研究を実施することを決したうえ、日本新薬の社員を薬理学講座に研究生として受け入れ、薬理学講座の教官に補助をさせ、薬理学講座の施設、実験機材、研究費等を使用し、かつ、右研究生らを指導するなどして、薬理学講座において抗癌剤、脳血管攣縮治療剤などの新薬開発に関する化合物の絞り込み(いわゆるスクリーニング)やその他の実験等の研究を行ったうえ、その研究結果について情報を提供してくれたことなど、日本新薬のために有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、別表二記載のとおり、平成六年三月四日から平成一〇年三月三一日までの間、前後八回にわたり、日本新薬における所要の社内手続を経て、前記甲野薬理研究所に対する指導料や特許を受ける権利の独占的実施権許諾の対価を仮装して、自己の管理する前記株式会社第三銀行長島支店の右甲野薬理研究所名義の普通預金口座に合計六〇〇〇万円の振込入金を受け、もって、公務員たる自己の前記職務に関しそれぞれ賄賂を収受した。

第三  被告人は、医薬品等の製造、販売などを目的とする大塚製薬株式会社(以下「大塚製薬」という。)の代表取締役として大塚製薬の業務全般を統括していた分離前の相被告人Dから、薬理学講座において大塚製薬の新薬開発に関する共同研究を実施することを決したうえ、大塚製薬の社員を薬理学講座に研究生として受け入れ、薬理学講座の教官に補助をさせ、薬理学講座の施設、実験機材、研究費等を使用し、かつ、右研究生らを指導するなどして、薬理学講座において抗血小板剤の新薬開発に関する候補化合物の作用機序を解明するための実験等の研究を行い、その研究結果について情報を提供するなど、大塚製薬のために有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、別表三記載のとおり、平成七年六月二三日から平成一〇年四月二〇日までの間、前後四回にわたり、大塚製薬における所要の社内手続を経て、前記甲野薬理研究所に対する技術指導料を仮装して、自己の管理する前記株式会社第三銀行長島支店の右甲野薬理研究所名義の普通預金口座に合計七二〇〇万円の振込入金を受け、もって、公務員たる自己の前記職務に関しそれぞれ賄賂を収受した。

(証拠の標目)《略》

(補足説明)

一  争点

弁護人らは、(1)第三の別表三番号1記載の事実について、被告人が、平成七年六月二三日に大塚製薬株式会社(以下「大塚製薬」という。)から一二〇〇万円を収受した時点では、国立名古屋大学医学部薬理学講座(以下「薬理学講座」という。)において、新薬候補化合物のスクリーニングも作用機序研究も一切なされてないし、薬理学講座に研究生を受け入れたことは、薬理学講座にとってこそメリットがあるものの製薬会社に対する便宜にはならないのであって、右一二〇〇万円は被告人の公務との関連性が認められず賄賂性がないから被告人は無罪である、(2)被告人が各製薬会社から収受した金員は、大学教授としての立場ではなく、個人の立場でかかわった私的な行為に対する対価であり、基本的には公務との関連性がなく、新薬開発にとってさほど重要ではなかった候補化合物のスクリーニングを薬理学講座において実施したこと及びその作用機序に関する研究を行い、その結果を提供したことによってわずかに公務性を帯びるものであるから、本件収受にかかる金員の賄賂性は極めて希薄であり、またそうである以上、被告人が収受した金員について賄賂性が認められるとしても、その範囲は最大でもその期間内に各製薬会社から提供を受けた奨学寄附金五六〇〇万円に相当する額を越えないので、追徴金額もその範囲にとどまる旨主張しているので、以下若干の説明を加える。

二  第三の別表三番号1記載の金員について、職務行為との対価性を認定した理由前掲関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。すなわち、

1  名古屋大学医学部薬理学講座の専任教授であった被告人は、平成五年三月三日、大塚製薬の代表取締役であるD(以下「D社長」という。)との間で、いわゆるポストプレタールと呼ばれる抗血小板剤の新薬開発に関する共同研究を実施する旨口頭で合意した。そして、被告人とD社長は、同年七月二八日、本件共同研究に関して、大塚製薬が毎年五〇〇万円を奨学寄附金として名古屋大学へ納入することや共同研究に必要な資料、情報を相互に開示することなどを内容とする覚書を交わした。

2  被告人は、同年四月ころから、ポストプレタールの共同研究を開始し、大塚製薬の研究員らにおいて候補化合物の選定を進め、薬理学講座においてその作用機序を解明する旨の大まかな役割分担を決めたうえ、平成一〇年七月までの間、毎月一回の割合で大塚製薬の施設を利用して研究会議を開き、新薬開発に関する指導助言を行った。

3  被告人は、大塚製薬の社員四名を順次薬理学講座の研究生として受け入れることとし、研究生の入学及び在学期間の延長について、同学部の教授会において表決をし、薬理学講座の教官に補助をさせ、薬理学講座の施設、実験機材、研究費等を使用して右研究生らを教授し、その研究を指導するなどした。すなわち、被告人は、平成五年一一月からEを、平成六年一〇月からFを、同年一一月からGを、平成八年二月からHをそれぞれ薬理学講座の研究生として受け入れた。

右研究生のうち、E、F及びHの三名はポストプレタールの開発担当者であったが、Gはその開発担当者ではなかった。しかし、被告人は、Gを教授指導して、遅くとも平成七年三月ころから、大塚製薬で選定したポストプレタールの候補化合物のスクリーニングに必要なPDE酵素の調製等の実験、研究に当たらせたうえ、平成八年二月以降、その研究結果を前記研究会議で発表させた。

4  被告人は、平成六年一〇月ころ、大塚製薬に対して、前記研究会議に出席した際の講師料を支払うように要求して認めさせ、一回当たり一〇万円(平成九年一月からは一回当たり五万円)を講師料として受け取った。また、被告人は、大塚製薬から、ゴルフやテニス、飲食等の接待を多数回受けた。

5  被告人は、平成七年三月ころ、D社長に対し、候補化合物が三種類に絞られた旨伝えるとともに、技術指導料名目で金員の支払を要求した。D社長は、被告人に対し、年額一二〇〇万円の支払を約束し、大塚製薬と株式会社甲野薬理研究所との間において、同年四月一日付けで、被告人が指定したダミー会社である右甲野薬理研究所に対する技術指導料を支払う内容の技術指導覚書を交わし、同年六月二三日、被告人の管理する右甲野薬理研究所名義の銀行口座に一二〇〇万円を振込入金した。

被告人は、Iを右甲野薬理研究所副所長の肩書で前記研究会議に数回出席させたものの、Iは大塚製薬に対する技術指導などは一切していない。

6  被告人は、同年一一月ころ、D社長に対し、候補化合物が一種類に絞られた旨報告するとともに、今後、候補化合物の作用機序の解明等の段階に入るなどとして技術指導料の増額を要求した。D社長は、被告人に対し、年額二〇〇〇万円の支払に応じることとし、前同様の当事者間において、平成八年四月一日付けで、前記甲野薬理研究所に対する技術指導料を年額二〇〇〇万円に変更する内容の修正覚書を交わし、同年五月一日、平成九年四月二一日、平成一〇年四月二〇日の三回にわたり、右甲野薬理研究所名義の銀行口座に振込入金した。

また、被告人とD社長は、平成八年四月一日、ポストプレタールの特許実施料について国内総売上高の一・八パーセントに相当する金額を大塚製薬が支払う内容の合意を交わした。

7  被告人は、平成一〇年三月、前記Fを薬理学講座の研究生として呼び戻し、ポストプレタール候補化合物の作用機序解明の研究に当たらせた。

8  被告人は、前記研究会議での指導助言や技術指導料等の受領に関して、名古屋大学に対し、兼業の届出をしていない。

などの事実が認定できる。

右認定の事実によれば、被告人が、平成七年六月二三日に収受した一二〇〇万円の金員供与の趣旨は、薬理学講座において大塚製薬の新薬開発に関する共同研究を実施することを決したうえ、大塚製薬の社員を薬理学講座に研究生として受け入れたこと、薬理学講座の教官に補助をさせ、薬理学講座の施設、実験機材、研究費等を使用し、かつ、右研究生らを指導するなどして、薬理学講座において抗血小板剤プレタールの後継薬(いわゆるポストプレタール)に関する新薬候補化合物のスクリーニングに必要な酵素の調製等の実験、研究を行ったこと、また、将来、薬理学講座においてその新薬候補化合物の作用機序を解明するための実験等の研究を行い、その研究結果について情報を提供するなど、大塚製薬のために有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されたものと認められるのであって、被告人の職務行為の対価であることは明らかである。

なお、弁護人らは、前記のとおり、薬理学講座に研究生を受け入れることは製薬会社に対する便宜にはならないと主張するところ、研究生の受け入れは、多くの場合、これとともになされる奨学寄附金等の納入により薬理学講座における研究資金を確保し、人手不足を補うなど、本来の研究を充実したものとするという側面があるものの、他方、製薬会社においても、研究生を派遣することにより、薬理学講座において、新薬開発に関する候補化合物の作用機序を解明するための実験等の研究を行い、あるいはそのノウハウ等を身に付けさせることにより、新薬開発に関する共同研究を円滑に進展させるという利点があり、製薬会社がそれを期待して研究生を派遣していることは明らかである。

したがって、第三の別表三番号1記載の事実について、被告人が収受した金員と被告人の職務行為との対価性を肯認することができ、この認定に合理的な疑いを容れる余地はない。

三  本件各金員の賄賂性及び追徴金額

1  まず、被告人の名古屋大学医学部教授としての職務行為について検討するに、学校教育法五八条五項、五九条一項、その他の関連法令及び名古屋大学における内規によれば、被告人が、国立名古屋大学医学部薬理学講座の専任教授等として、同学部の教授会において研究生の入学及び在学期間の延長に関する議題の提案及び表決をし、薬理学講座の教官に補助をさせ、薬理学講座の施設、実験機材、研究費等を使用して、薬理学講座の研究生らを教授し、その研究を指導するなどの職務に従事していたことは明らかである。

また、前掲関係各証拠によれば、被告人は、大学内で、本件製薬会社三社から受け入れた研究生に対し指導助言を行うにとどまらず、企業の求めに応じ、自ら積極的に製薬会社の研究会議に出席するなどして、指導助言を行っていることも認められる。そして、これらの大学内外での指導助言という行為は、大学と企業の共同研究における指導助言の存在を必然的な前提とし、全体が密接不可分で半ば一体となって切り離すことができないものとはいえ、仮に線引きが可能であれば、本来の大学教授としての指導助言の域を越える部分、すなわち、教師自身の私的な労力を費やすことになる部分については、教育という本来の目的そのものからは外れたものとして、国立大学医学部教授の本来の職務行為のうちに含まれないと解される。とりわけ、新薬開発に関する指導助言行為についてみると、もともと新薬開発自体は企業の経済的活動に属することであって、教師自身は、共同研究という枠組みの中において初めて特定の企業の経済的行為に関与するのであるから、結局、新薬開発に関する学外での企業の経済的活動に結び付いた指導助言自体は、本来の教師に課せられた研究の範囲からはみ出したものと認められる。

してみれば、国立大学医学部薬理学講座の職務行為としてみるとき、共同研究を行うに際し、研究生の研究に関し指導助言を行うにとどまらず、特定の企業からの要請により、新薬開発に関する学外での企業の経済的活動に結び付いた指導ないし助言などを行ったときは、当該部分に関する限り、教育公務員として本来の職務行為の域を越えた行為に及んだものと認められる。

2  ところで、刑法一九七条一項にいう「その職務に関し」とは、当該公務員の職務執行行為ばかりでなく、これと密接な関係のある行為に関する場合をも含むと解されるところ(最高裁判所昭和二五年二月二八日第三小法廷判決、刑事判例集四巻二号二六八頁参照)、新薬開発に関する学外での企業の経済的活動に結び付いた指導ないし助言という行為は、それ自体としては教育公務員としての本来の職務行為に当たらないと解されるものの、本件の各事実関係及び後記のような状況のもとでは、共同研究における新薬開発という同一目的に向けられたものであることからして、各企業から派遣された研究生に対する学内での教授指導と密接不可分であるうえ、被告人の新薬開発についての学内外での指導ないし助言という行為と企業側から支払われる謝礼との間には、いわゆる対価関係のあることは明らかであるから、職務との密接性について職務の公正さの保持という標準に照らし検討すれば、国立大学医学部教授としての職務の執行に密接な関係を有する行為であることが十分肯認できるのである。

なお、大学教授の研究活動は、真理の探究を目的としており、その性質上、研究者個人の能力、資質によるところが少なくなく、したがって、研究活動の対価との趣旨で利益が供与された場合にも、研究者としての私的な労力や、能力、資質、名声、権威という個人的属性に対する敬意、評価の表れとしての趣旨を含んでいることも否定できないところである。そうすると、教育公務員である研究者が、特定の事項について研究活動を行い、その専門家であるがゆえにその専門知識を民間人(企業)に提供し、謝礼として金員の供与を受けたような場合については、職務の公正さの保持という標準に照らし、その額が教育公務員のいわば余分に費やした労力などに対する礼として社会通念上相当と認められる範囲の報酬にとどまるようなときなどには、そのような職務外のアルバイトをしたこと自体が公務員の兼業禁止違反に該当したり服務上の倫理違反の問題となることはあっても、一応理由のある職務外の私的活動に対する報酬として賄賂性が否定されると考えられる。

そして、その場合、社会通念上相当と認められる範囲の報酬か否かの判断は、極めて困難な問題である。しかし、教育公務員も公務員である以上、公務の公正さに対する国民の信頼を害することが許されないことはいうまでもなく、このような賄賂罪の本質に照らして考えると、当該公務員の地位、職務の内容、専門性の有無、程度、研究活動の内容、方法、職務との関連性の程度、提供された専門知識の内容、その提供の目的及び方法、相手方の地位、対価としての報酬の額、時期及び供与の方法等諸般の事情を総合考慮して、研究活動あるいは提供された専門知識に対する報酬として社会通念に照らして合理性、相当性を有しているか否かによって判断すべきものと解される。

3  そこで、本件の各事実関係に即して更に検討してみるに、被告人が薬理学の特に細胞内情報伝達に関する分野の権威であり、本件各新薬の開発研究に当たり有用で高度の専門知識やノウハウを有していること、新薬開発の分野における産学協同の推進は人類の福祉にとってみても必要性が高く、本件各共同研究自体の目的や内容に問題はなく、これに伴う専門知識の提供の目的及び方法も概ね正当と評価できることなどの事情が認められる。

しかし他方、産学協同に関する受託研究制度、受託研究員制度や民間等との共同研究制度において、国立大学の教授個人が共同研究の報酬を受けることは基本的に予定されていないこと、むしろ、平成八年から許されることが明らかとなった国立大学教授の勤務時間外の兼業に関しては、その報酬額が社会通念上合理的なものであることなどについて厳正に審査するものとされていること、本件各共同研究の対象は、被告人が専門とする基礎薬理学の分野にとどまるものではないものの、密接に関連する分野であること、被告人は、本件各共同研究の実施に当たりその対価として各製薬会社からかなり高額な奨学寄附金を名古屋大学に納入してもらっているうえ、大塚製薬との共同研究においては、前記二で認定したとおり研究会議への出席に際し、個人的な報酬として講師料を受け取っていること、本件各報酬金額は、右奨学寄附金や講師料の金額と比較してみても著しく高額であること、営利企業である民間会社においては画期的な新薬の開発やアイデアを提供した社員や民間の研究者に対して高額の報奨金が支払われることがあるものの、全体の奉仕者である公務員の場合には自ずと違いがあり同様に考えることはできないこと、そして本件各金員供与の方法が極めて不当であることなどの事情に照らせば、本件各報酬の供与が社会通念に照らして合理的で相当なものであるなどとは到底いうことができない。したがって、本件各金員の供与は、社会的相当性の範囲を逸脱した賄賂であることは明らかである。

もっとも、本件各金員のうちには、前記のとおり、被告人が私的な労力を費やしたことに対する謝礼としての性格を有する部分も含まれているものの、その部分の特定は、弁護人らの前記主張を十分検討してみても不可能であるから、供与された各金員の全体が不可分一体なものとして賄賂性を帯びると認められる。

4  以上によれば、被告人が、本件各製薬会社から供与を受けた金員全体の合計二億五六〇〇万円が賄賂として追徴の対象になるというべきである。

(適用法条)

注・平成七年法律第九一号による改正前の刑法は、「改正前の刑法」と表示する。

罰条

第一のうち

別表一番号1ないし5の各犯行

改正前の各刑法一九七条一項前段

別表一番号6ないし13の各犯行

各刑法一九七条一項前段(別表一番号6と7、9と10はそれぞれ包括一罪)

第二のうち

別表二番号1ないし3の各犯行

改正前の各刑法一九七条一項前段

別表二番号4ないし8の各犯行

各刑法一九七条一項前段

第三の各犯行 各刑法一九七条一項前段

併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第三の別表三番号4の罪の刑に法定の加重)

主刑 懲役三年

刑の執行猶予 刑法二五条一項(五年間猶予)

追徴 改正前の各刑法一九七条の五後段(第一のうち別表一番号1ないし5及び第二のうち別表二番号1ないし3の各犯行により収受した賄賂は既に費消あるいは他の金員と混同して没収することができないので、その価額合計六八〇〇万円を被告人から追徴)

各刑法一九七条の五後段(第一のうち別表一番号6ないし13、第二のうち別表二番号4ないし8及び第三の各犯行により収受した賄賂は既に費消あるいは他の金員と混同して没収することができないので、その価額合計一億八八〇〇万円を被告人から追徴)

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項ただし書(不負担)

(量刑事情)

本件は、国家公務員である国立名古屋大学医学部薬理学講座の専任教授であった被告人が、薬理学講座において、株式会社富士薬品、日本新薬株式会社及び大塚製薬株式会社の各製薬会社と新薬開発のための共同研究を実施するに当たり、各製薬会社の新薬開発等の統括責任者らから有利便宜な取り計らいを受けたこと及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに、二五回にわたり合計二億五六〇〇万円の賄賂を収受したという収賄の事案である。

本件の収賄額は、極めて巨額であり、この金額だけからすれば、被告人の行為は他に例をみないほど悪質といわなければならない。

被告人は、大学教授という立場にありながら、各製薬会社と新薬開発の共同研究を行うに当たり、富士薬品との間にあっては、新薬開発責任者が自己の言いなりになっているのに乗じて次々と賄賂額を増大させ、また、日本新薬との間にあっては、担当者らが賄賂の増額に難色を示すや、それまでの研究データを他社に提供するなどと言って強硬にこれに応じさせ、そして、大塚製薬との間にあっては、いったんは社長に拒まれたものの、有力な新薬候補化合物が選定された段階を見計らって賄賂の支払及び増額の要求をするなど、各製薬会社から共同研究の依頼を受けるという強い立場にあることを利用して賄賂を要求し、更に、金員供与の事実が公にならないようにするため、ダミー会社を通じて金員を振込入金させているのであって、犯行態様は誠に巧妙で悪質である。

また、被告人は、国立大学の教授として給与を受けていたほか、多額の特許料収入を得ており、研究資金についても名古屋大学への奨学寄附金や国からの補助金を受けて潤沢であったにもかかわらず、「優れた頭脳を持つ者がそれに応じた報酬を得ることは当然であり、良い研究を行うためにはその肥やしになるような豊かな私生活を送ることが大切である」などと身勝手で独自の見解を標榜し、まさに公私の区別が鈍麻して、厳しく自らを律しなければならない教育公務員の地位にありながら、当然守るべき一線を踏み越えて本件賄賂の各供与を受け、贅沢三昧の生活を送っていたのであって、まさに私利私欲に基づく犯行の動機に酌むべき事情は乏しい。

そして、被告人は、本件収賄の犯行に関し、大学教授という教育公務員の職務の公正さに対する社会の信頼を著しく侵害したばかりでなく、産学協同の場において新薬開発などの共同研究は、研究生らの教育指導という見地からではなく、教師自らの利益や特定の企業の利益のために行われているのではないかという社会的な疑惑を招いたという意味でも、その責任を厳しく追及されるべきである。

更に、被告人は、昭和六〇年二月、製薬会社から金員を受け取っていたことで国家公務員法に定める兼業禁止違反等により戒告処分を受けているのに、その後間もなくダミー会社を設立して、本件一連の犯行を約五年間にわたり繰り返しているのであって、規範意識や公務員としての倫理感の欠如が著しい。

そのうえ、被告人は、本件各犯行が捜査機関に発覚しそうになるや、関係書類を廃棄して証拠隠滅を図ったり、国外へ脱出して捜査の手を逃れようと画策するなどし、また、捜査段階では本件各犯行を大筋で認める供述をしているものの、公判廷においては、身柄拘束の期間が長期に及ぶことを危惧し捜査官の作成する調書の内容を認めたにすぎないと述べ、更に、関係証拠から認められる客観的な事実に反する不自然な弁解までしているのであって、殊更、自己の刑事責任の軽減を図ろうとしていることが明らかであり、真に反省しているとは到底みることができず、犯行後の情状も芳しくない。

加えて、近年、我が国が科学技術創造立国を目指すうえで、学術研究を通じて将来の社会経済の活力を支えうる独創的先端的な新技術の開発に積極的に貢献し、新たな産業の創出につなげていくことが必要であるとの認識から、社会の各方面から大学の学術研究に対し、産業界との連携、協力等多様な期待と要請が寄せられ、これを受けて、文部省も、積極的に産学の連携、協力を進めることができるような制度の整備を図ってきているところであるが、本件各犯行が、産学協同の健全で適切な発展に及ぼした影響も軽視できない。

このような事情を合わせ考えると、犯情は大変よくなく、被告人の刑事責任は誠に重大というべきである。

しかし他方、被告人の大学教授としての職務(学校教育法五八条五項参照)を前提として考えた場合、前記のとおり、本件ではどこまでが職務に対する謝礼で、どこからが私的な労力(例えば、被告人の有する学問的素養・知識、ノウハウ、アイディア等)を費やしたことに対する謝礼であるのかの峻別が困難という側面があり、全体が不可分一体なものとして賄賂性を帯びるとしても、この点犯情として十分考慮することを要すること、我が国における産学協同を巡る環境は、これまで必ずしも体系的に整備されたものとはいいがたく、とりわけ研究公務員が私的な労力を費やしたことに対する報酬の在り方に対する整備が十分とはいえなかったこと、被告人は、本件各犯行を一応認めていること、被告人の新薬開発にかける意気込みは、画期的な新薬を発見して多くの人の生命を救いたいという若き日に薬理学研究者を志した純粋な情熱に根ざすものであり、その研究内容は癌などの難病に苦しんでいる人々に福音をもたらし、人類の福祉に多大な貢献を果たす可能性を秘めていること、被告人は、これまで、薬理学の研究及び新薬開発の分野において数多くの業績を残してきていること、特に細胞内情報伝達に関する研究は、世界的にも最先端にあると位置づけられ、極めて高い評価を受けているのであって、他に得がたい貴重な人材であることからすると、早期に社会復帰を果たさせ、研究生活を送る中で贖罪の道を歩ませる方がむしろ望ましいと思われること、また、被告人は、一教育者としてみても、後進の育成に大きな貢献をしてきたこと、被告人には前科前歴がなく、前記戒告処分を除いては善良な市民生活を送ってきたこと、被告人は、既に名古屋大学を退官しているところ、本件各犯行の発覚により退職金の支給を受けられなくなるなど、当然の報いとはいえこれまで築いてきた地位やそれに伴う利益を失う結果となったこと、被告人が各製薬会社から受け取った金員の中には、本来、被告人の私的な労力に対する正当な報酬部分も含まれているところ、賄賂と不可分一体なものとして全額追徴されることになり、その意味においても経済的な制裁を受けるに至ること、被告人が利用していたダミー会社については清算の手続を進めていること、被告人の学問的功績をよく知る国内及び国外の多数の研究者から、被告人の研究活動の継続を願い寛大な判決を望む旨の嘆願書が提出されていること、被告人の恩師などが今後の協力を約束していること、被告人は本件が広く報道されたことなどにより相当の社会的制裁を受けていること、その他、被告人の生活環境など、被告人に有利な又は酌むべき事情もかなり多く見いだすことができる。

そこで、これら被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮して、主文の刑を定め、被告人に対しては情状により刑の執行を猶予することとした。

別表一

番号、収受年月日(平成・年・月・日)、収受金額、受入口座(いずれも普通預金口座)

1、六・二・七、一〇〇〇万円、三重県北牟婁郡紀伊長島町長島九三七番地の六所在の株式会社第三銀行長島支店の株式会社甲野薬理研究所名義

2、六・五・一一、一二〇〇万円、右同

3、六・六・一〇、九〇〇万円、東京都中央区日本橋室町三丁目二番一五号所在の株式会社あさひ銀行日本橋支店の乙山有限会社名義

4、七・二・九、一三〇〇万円、番号1と同じ

5、七・五・二五、九〇〇万円、番号3と同じ

6、七・一二・二九、一一〇〇万円、番号1と同じ

7、七・一二・二九、二〇〇万円、番号3と同じ

8、八・五・二七、一一〇〇万円、右同

9、八・一二・二七、三〇〇万円、番号1と同じ

10、八・一二・二七、六〇〇万円、番号3と同じ

11、九・五・八、一〇〇〇万円、東京都中央区日本橋小舟町八番一号所在の株式会社富士銀行小舟町支店の乙山有限会社名義

12、一〇・二・一七、八〇〇万円、番号1と同じ

13、一〇・四・一、二〇〇〇万円、東京都中央区日本橋茅場町一丁目六番一二号所在の株式会社さくら銀行兜町支店の有限会社丙川原料研究所名義

合計、一億二四〇〇万円

別表二

番号、収受年月日(平成・年・月・日)、収受金額、受入口座(いずれも普通預金口座)

1、六・三・四、五〇〇万円、別表一番号1と同じ

2、六・九・三〇、五〇〇万円、右同

3、七・二・二八、五〇〇万円、右同

4、七・九・二九、五〇〇万円、右同

5、八・一〇・一四、一〇〇〇万円、右同

6、九・四・二、一〇〇〇万円、右同

7、九・一〇・三、一〇〇〇万円、右同

8、一〇・三・三一、一〇〇〇万円、右同

合計、六〇〇〇万円

別表三

番号、収受年月日(平成・年・月・日)、収受金額、受入口座(いずれも普通預金口座)

1、七・六・二三、一二〇〇万円、別表一番号1と同じ

2、八・五・一、二〇〇〇万円、右同

3、九・四・二一、二〇〇〇万円、右同

4、一〇・四・二〇、二〇〇〇万円、右同

合計、七二〇〇万円

(裁判長裁判官 佐藤 学 裁判官 島田 一 裁判官 右田晃一)

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